悩みにAIが仏教の経典で答える特許 ― 請求項に加えた「煩悩」と「瞑想」

一言でいうと

悩みを書き込むと、生成AIが仏教の経典をもとに助言し、あわせて「煩悩」や「瞑想の方法」も示す。株式会社テラバースのこの仕組みが、2025年11月に特許になりました(特許第7772446号)。出願から特許査定まで、約1か月でした。

審査では、仏典を学んだAIが悩みに答える「ブッダボット」を紹介した2024年の雑誌記事が、先行技術として示されました。その後、請求項に加えられたのは、煩悩や瞑想の方法を別のデータベースから取り出し、答えに含める特徴です。AIへの指示と取り出す情報が、請求項と明細書にどう書かれているかを見ていきます。

どんな特許なのか

明細書は、人工知能でメンタルの状態を判定して改善方法を提案する従来の技術では、改善方法をどう決めるかが詳しく示されておらず、その人に合った方法を決めるのは容易でない、と説明しています(段落0002〜0004)。

まず、明細書に書かれた、3つのデータベースを使う実施形態(具体例)を見てみます。後で紹介する請求項1と請求項2では、必要とされる情報の組み合わせがそれぞれ異なります。

悩みを書き込むと生成AIが仏教経典・煩悩・瞑想の3つのデータベースを引き、仏教的助言と煩悩と瞑想の方法を答える3コマ
特許第7772446号公報の記載をもとに作成した模式図(明細書の実施形態。書き込みの文は作例。緑=AI、黄=補正で独立した請求項に加わった特徴)

流れは図の①〜③のとおりです。

  1. 利用者が、悩みや気分をチャット画面に書き込みます(段落0031)。
  2. 生成AIが、3つのデータベースを引きます(段落0038〜0042)。
    • 仏教経典データベース:経典にもとづいて作った質問と回答を記憶しています。書き込みに最も近い質問を探し、その回答を「仏教的助言」として取り出します。
    • 煩悩データベース:感情を表す言葉と煩悩を対応させて記憶しています。明細書は、感情の言葉の例として「ニコニコ」「ふわふわ」「モヤモヤ」「イライラ」、煩悩の例として「慢」「貪」「鬱」「妬」「疑」を挙げています(段落0020)。
    • 瞑想データベース:煩悩と瞑想の方法(呼吸や姿勢などの手順)を対応させて記憶しています(段落0021)。
  3. 生成AIが、助言・煩悩・瞑想の方法をまとめた答えを作り、画面に表示します(段落0043〜0046)。

公報の図9は、その画面の例です。上の「助言」「煩悩」「瞑想」のボタンで、何を表示するかを選べます(段落0033〜0035)。

特許第7772446号公報 図9:ユーザ端末の画面例。助言・煩悩・瞑想のボタンと、チャットの表示
出典:特許第7772446号公報 図9(色付けは筆者。緑=生成AIの答えの表示、黄=煩悩・瞑想の表示ボタン)

特許になった内容(請求項1)

出願したときの請求項1は、次のとおりでした。

処理部を備え、前記処理部は、
ユーザのコメントを受け付け、
生成AIに、仏教経典の内容を記憶する仏教経典データベースから前記コメントに対応する仏教的助言を取得させ、
前記生成AIに、前記取得された仏教的助言の内容を含む支援情報を生成させ、
前記生成された支援情報をユーザ端末に出力する、メンタル改善支援装置。

特許になった請求項1は、次のとおりです。

処理部を備え、前記処理部は、
ユーザのコメントを受け付け、
生成AIに、仏教経典の内容を記憶する仏教経典データベースから前記コメントに対応する仏教的助言を取得させ、
前記生成AIに、前記仏教経典に基づいて生成された煩悩を記憶する煩悩データベースから前記コメントに対応する煩悩を取得させ、
前記生成AIに、前記取得された仏教的助言の内容及び前記取得された煩悩を含む支援情報を生成させ、
前記生成された支援情報をユーザ端末に出力する、メンタル改善支援装置。

緑=AI(生成AIへの指示) 黄=補正で加わった部分

足されたのは、煩悩データベースから煩悩を取り出させ、それを答えに含めるところです。もう一つの独立した請求項2は、同じ形で、煩悩の代わりに瞑想データベースから瞑想の方法を取り出させるものになっています。

発明の効果

明細書は、発明の効果を「本発明によれば、ユーザに対するメンタル面の助言が仏教経典に沿って行われるため、ユーザのメンタルの改善を仏教に基づいて適切に支援できる。」と書いています(段落0009)。また、助言・煩悩・瞑想を選んで表示できることで、利用者の使いやすさが向上するとしています(段落0047・0048)。明細書には、効果を数値で確かめた記載はありません。

この特許で、AIは何をしていて、何をしていないか

担い手 していること どこに書かれているか
生成AI データベースから助言・煩悩・瞑想の方法を取り出し、答えの文章を作る 請求項1・2、明細書の実施形態(段落0038〜0043)
仏教経典データベースのサーバー 書き込みをベクトル(数値の並び)に変え、最も近い質問を探して回答を返す 段落0019・0040・0041
処理部(サーバー) 書き込みを受け付け、生成AIへの指示文(プロンプト)を作り、答えを画面に送る 請求項1、段落0037・0038・0043

この実施形態では、生成AIがデータベースから助言・煩悩・瞑想の方法を取り出し、それらを含む答えの文章を作ります。明細書は、取り出した内容の趣旨を変えずに、文章を変えてもよいと説明しています(段落0043)。似ている質問を探す処理は、仏教経典データベースのサーバーが受け持ちます。

明細書は、AIをどう説明しているか

  • それは何か(段落0016):学習データの規則性を学んで新しいデータを作るものとし、「生成AI12は、例えば、ChatGPT、Gemini等のようなものとし得る。」と、具体名を例として挙げています。
  • AIに何を渡すか(段落0037):生成AIへの指示文に、書き込みと、3つのデータベースから助言・煩悩・瞑想の方法を取得する要求、それらを含む答えを作る要求を入れる、と書いています。指示文の文面そのものではなく、何を頼むかを書いています。
  • どう取り出すか(段落0017〜0019・0040・0041):データベースを引いて答えの根拠にする仕組み(RAG、検索拡張生成)を使い、似ている度合いの測り方(距離や角度)まで例を挙げています。
  • 変えてよいところ(段落0056〜0059):データベースの種類や、3つのうち1つか2つを省くことも書いています。これは明細書に書かれた変形例で、登録された各請求項には、それぞれ必要なデータベースが書かれています。

このように、生成AIそのものは「例えば」で既存のサービスを挙げるにとどめ、AIに何を頼み、どのデータから何を取り出させるかを手順で書いています。補正で請求項1に加えた煩悩データベースも、段落0020・0026・0038にその中身と使い方が書かれており、補正の材料になりました。

審査の流れ

時期 できごと
2025年9月25日 出願(スーパー早期審査を利用)
2025年10月15日 拒絶理由通知書の発送(起案日は10月9日)。進歩性:2024年7月29日発行の雑誌記事(「ブッダボット」)に、データベースを検索して答えの根拠にする技術(特許第7691792号公報)を組み合わせれば容易、とされた。明確性:請求項7の「前記瞑想UIコンポーネント」が何を指すか不明確。出願時の請求項3(煩悩データベース)・4(瞑想データベース)・6は「拒絶の理由を発見しない」
2025年10月21日 補正と意見書。請求項1は、出願時の請求項1に請求項3の特徴を加えた内容に、請求項2は、出願時の請求項1に請求項4の特徴を加えた内容にした。出願時の請求項7の誤記も直した
2025年10月28日 特許査定
2025年11月10日 登録

拒絶理由通知書は、雑誌記事について、パソコン画面のブッダ像に将来への不安を打ち明けると「今この瞬間に集中することで不安は克服できる」と答えが返ってくること、仏典を機械学習してChat GPTを介して答える「ブッダボット」であることが書かれている、と指摘しています。AIが経典をもとに悩みに答えること自体は、すでに知られていたわけです。

明確性の指摘は、AIの中身ではなく、前に出てこない言葉に「前記」を付けた誤記でした。

AIの発明を出願する方への気づき

  1. AIに取り出させる情報と、答えに含める内容を具体的に書く。本件の審査では、経典をもとに答えるAIは雑誌記事で知られていました。出願人は、仏教的助言に加えて、煩悩又は瞑想の方法を取り出して答えに含める特徴を独立した請求項に加え、その後、特許査定となっています。
  2. 出願時の従属項が、補正の選択肢になった。煩悩と瞑想の方法に関する特徴は、出願時から請求項と明細書に書かれていました。拒絶理由通知の後、それらを独立した請求項に取り込んでいます。

自社のサービスでも、AIにどのデータを引かせているか、そのデータをどう組み合わせているかを書き出してみてください。そこに、特許の決め手が隠れていることがあります。

まとめ

「AIに悩み相談」は、すでに知られた発想でした。この明細書では、生成AIの例として既存のサービスを挙げ、AIに何を頼み、どのデータベースから何を取り出させるかを手順で説明しています。補正で加えた特徴も、その説明の中にありました。

関連記事:「AIの分身」どうしを会話させて相性を判定する特許/経費精算の不備を、AIが社内チャットで知らせる特許

自社のAIサービスの特許についてのご相談は、お問い合わせフォームよりお寄せください。

Author Profile

富田 款国際弁理士事務所 代表弁理士
■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。

【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団

【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など

【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。

【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」

【富田弁理士への問い合わせ先】
〒105-0001 東京都港区虎ノ門1-16-9 双葉ビル5F
富田国際特許事務所
TEL:03-6205-4272     FAX: 03-3508-2095
※ 富田弁理士へのEMAILはコチラのメールフォームよりお願いいたします。

関連記事