一言でいうと
テスラの新型ロードスターが「空を飛ぶ」と、日本でも話題になっています。一方、テスラが2026年9月29日に米国で取得した特許は、車の床下の空気を電動ファンで吸い出し、車体を路面に押し付ける構造に関するものです(米国特許第12,746,987号「ELECTRIC FAN CAR」)。
この特許がロードスターに使われるかどうかは、公報には書かれていません。
どんな特許なのか
背景:押さえつける力は、速度に左右される
カーブを曲がれる速さやブレーキをかけたときの安定は、車を路面に押さえつける力(ダウンフォース)に左右されます。通常は、ウイングや車体下面の形状によって、走行風を利用してこの力を得ます。しかし、この力は速度に比例するため、低速では不足し、高速では過大になることがある、と公報は説明しています(第2欄40〜47行)。
仕組み:床下の空気をファンで吸い出す
- 車の床下に入口を設け、後ろに向かって斜め上に上がる空気の通り道(ディフューザー)を作る
- 通り道の後ろの出口に、電動ファンを4つ横に並べる(数は2つ、3つ、5つ、6つでもよい)
- ファンが床下の空気を吸い出して後方へ排出すると、床下の気圧が下がり、車体が路面側に引き寄せられる
- ファンとファンの間には、縦の仕切り板(ストレーキ)を立て、出ていく空気の量を整える(第3欄35〜41行)


ファンは、走行用の高電圧バッテリーから電力を受けます。運転者のボタン操作や、速度などの条件に応じた自動制御で作動させることができます(第4欄15〜43行)。
特許になった内容(請求項1)
請求項1の内容を、平易な言葉で要約すると次のとおりです。
電気自動車であって、
床下の入口から、車の後ろの出口までつながる空気の通り道(ディフューザー)と、電動ファンとを備え、
出口は入口より断面が広い。
出口には、上下に縦に伸びる仕切り板(ストレーキ)が、隣り合うファンの間に置かれている。
ファンは、入口から空気を吸い込み、出口から吐き出す。
(筆者による要約訳) 黄=ファンで床下の空気を吸い出すという従来からの発想に加えて、この請求項が具体的に特定している部分(筆者の見方)
原文は次のとおりです。
1. An electric vehicle comprising:
a ducted fan system comprising a diffuser and one or more electric ducted fans, wherein the diffuser comprises an inlet positioned on an underbody of the vehicle, an outlet positioned on a rear side of the vehicle, and an air pathway extending between the inlet and the outlet, wherein a cross-sectional area of the outlet is larger than a cross-sectional area of the inlet;
one or more strakes positioned at the outlet, the one or more strakes extending vertically between a top side and a bottom side of the outlet and being disposed between adjacent electric ducted fans from among the one or more electric ducted fans; and
wherein the one or more electric ducted fans are configured to draw air through the inlet and emit air through the outlet.
ポイントは、「ファンで車体を路面に押さえつける」という考え方そのものを請求しているのではないことです。空気通路の形状(出口が入口より広い)と、ファンの間の仕切り板という具体的な構成の組合せで、権利範囲を定めています。
発明の効果
特許の審査では、構成の新しさと並んで、発明の効果が重視されます。公報が挙げる効果は次のとおりです。
| 発明の効果 | 公報の記載 |
|---|---|
| 速度にかかわらず、車体を路面に押さえつける力を生じさせることができ、制動時の安定性とカーブでの速度が向上する | 第2欄47〜49行、第3欄51〜53行 |
| 路面に接する「スカート」のような部品を設けなくても機能する | 第2欄35〜37行 |
| 車両後方の空気の流れが整い、空気抵抗も低減する | 第2欄65行〜第3欄4行 |
| 走行用のバッテリーを利用するため、専用の動力源や歯車機構を必要としない | 第4欄15〜24行 |
なお、効果を数値で裏付ける実験データは、明細書には記載されていません。各部品の働きを文章で説明する記載となっています。
50年前からある発想が、なぜ特許になったのか
ファンで床下の空気を吸い出して車体を路面に吸い付ける発想は、1970年のレースカー「シャパラル2J」や、1978年のF1マシン「ブラバムBT46B」の時代から知られています。
実際、この特許の審査では、ファンで車体を押さえつける技術で知られる英国のゴードン・マレー社やマクマートリー社、フェラーリ、ブガッティ・リマックなどの特許・出願が、先行技術として挙げられています(公報の「References Cited」。7件すべてが審査官による引用)。その中には、床下のディフューザーに向けて空気を吹き出し、停車中でも押さえつける力を生じさせる出願も含まれています。
これだけ近い先行技術がそろっていても、特許になりました。請求項1は、出口と入口の広さの関係や、ファンの間の仕切り板まで特定して、範囲を明確に絞っています。審査の経過書類は確認できていないため断定はできませんが、こうした具体的な組合せが、特許につながったと考えられます。
審査の流れ
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2023年1月17日 | 仮出願(米国の制度で、簡易な書類で先に出願日を確保するもの) |
| 2024年1月17日 | 本出願 |
| 2026年9月29日 | 特許登録(請求項15、図面5枚) |
番号末尾の「B1」は、登録前に出願が公開されていなかったことを示します。この発明の内容は、登録日まで公表されていませんでした。
新しい技術の特許出願を検討されている方へ
- 発想が公知であっても、権利化の余地はあります。具体的な形状や部品の組合せに新しさがあれば、特許となり得ます。
- 部品ごとに、その役割を明細書に記載しておくことが重要です。この明細書は、側方の小さな入口が車両後方からの空気の逆流を防ぐ理由まで説明しています(第3欄8〜25行)。こうした記載は、審査で権利範囲を絞る際の根拠になります。
- 出願内容の公開時期も、戦略の一つです。米国では、外国に出願しない場合に限り、登録まで出願を公開しないよう求めることができます。本件がこの手続をとったかどうかは、公報からは分かりません。
まとめ
「ファンで車体を路面に吸い付ける」こと自体は、新しい発想ではありません。それでもテスラは、空気通路の形状と仕切り板という具体的な構成の組合せで、米国特許を取得しました。既に知られた発想に基づく技術であっても、自社ならではの構成の組合せを見極めることが、権利化の出発点になります。
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Author Profile
- 国際弁理士事務所 代表弁理士
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■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。
【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団
【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など
【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。
【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」
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