AIとおしゃべりした「長さ」で特典がもらえる ― KDDIの特許に学ぶ、AIのアイデアが特許になる分かれ目

一言でいうと

お店の端末でAIとおしゃべりすると、話した長さに応じてクーポンなどの特典がもらえる。KDDIのこんなアイデアが、2025年に特許になりました(特許第7711334号)。

この記事では、どんな仕組みなのかをかみ砕いて紹介したうえで、この特許の中でAIが何をしていて、何をしていないのかを整理します。AIを使ったサービスの特許を考えている方には、ここが一番の気づきになるはずです。

どんな特許なのか

困りごと:店頭のAIに、人が話しかけてくれない

お店にAIのアバターが話し相手になる端末を置いても、人が行き来する場所では、AIと話すのが恥ずかしくて話しかけるのをためらってしまう。明細書には、この困りごとが出発点として書かれています。

仕組み:話した長さでクーポンが育つ

特許第7711334号公報 図1:利用者・端末・情報処理装置と、対話情報から特典内容を決定する流れ(重要部分に色付け)
出典:特許第7711334号公報 図1(重要な部分に色付け)
  1. 利用者が、会員アプリのQRコードなどで端末に名乗る
  2. お店のサーバーが、その人の購入履歴を端末のAIに渡す
  3. AIが、以前に買った商品を話題に話しかける(「この前のコーヒー豆、いかがでした?」「同じジャンルのおすすめもありますよ」など)
  4. サーバーが会話の時間を測り、決められた時間を超えるごとに特典を決める(緑→黄の部分)
  5. 端末の画面に、獲得したクーポンと次のクーポンが表示される

明細書の画面の例では、5分話すと「5%OFF」のクーポンが手に入り、「10%OFF」はまだ、という表示が出ています。長く話すほど特典が良くなるので、話を続けたくなる、という仕組みです。

お店の側にも利点があります。会話の中で、利用者は買った商品の感想や、買った理由を話します。これは商品の販促や改善に使える情報です。明細書には、ほかの人があまり言っていない珍しい購入理由を話した人を優遇する、といった例まで書かれています。

特許になった内容(請求項1)

特許の権利の範囲は「請求項」という文章で決まります。この特許の請求項1は、次のとおりです。

ユーザを識別するためのユーザID(identification)と、前記ユーザが商品を購入した購入履歴とを関連付けて記憶する記憶部と、
端末から、前記ユーザIDを取得するユーザ情報取得部と、
前記ユーザと、前記ユーザ情報取得部が取得した前記ユーザIDに関連付けられている前記購入履歴に含まれる前記商品に基づく話題について対話する対話エージェントとの対話内容を取得する対話取得部と、
前記ユーザと前記対話エージェントとの対話の長さに基づいて、特典内容を決定する決定部と、
前記決定部が決定した前記特典内容を示す特典を前記ユーザに付与する付与部と、
を有する情報処理装置。

緑=AI(対話エージェント) 黄=発明の決め手

発明の効果:AIを使って、何がよくなったのか

発明や特許というと、新しい構造や構成ばかりに目が向きがちです。しかし、それと同じくらい重要なのが発明の効果です。審査では、従来の技術と比べた有利な効果、とりわけ当業者(その分野の専門家)の予測を超える顕著な効果は、「容易に思いつけたものではない(進歩性がある)」と認めてもらうための大きな材料になります。

この特許の発明の効果は、明細書に一文で書かれています。

本発明によれば、対話エージェントと対話する動機づけをユーザに提供することができるという効果を奏する。(段落0020)

発明の効果 中身 どこに書かれているか
AIと話し続ける動機づけ 店頭でAIと話すのが恥ずかしい人も、話した長さで特典が良くなるので、会話を続けたくなる 明細書(段落0004・0020)、意見書
お店の情報集め 商品の感想を文章で話した人に特典を出すことで、マーケティングに使える情報が集まる(実施の形態の一つ) 明細書(段落0049)

審査では、この「動機づけ」の効果が決め手になりました(下の「審査の流れ」)。請求項を「長さ」に絞った構成と、「会話を続ける動機になる」という発明の効果が、ぴったり対応していたといえます。

この特許で、AIは何をしているのか

ここがこの記事の本題です。請求項と明細書から、AIの役割を整理すると次のようになります。

役割 中身 どこに書かれているか
話し相手 買った商品を話題に、利用者と会話する 請求項1(唯一のAIの記載)
おすすめ役 同じジャンルの販促商品を勧める 請求項3(予備の請求項)
聞き役・分析 「ほしい」などの言葉や、商品の感想を拾う(表情はカメラの画像から読み取る例も) 請求項4・明細書(分析はAIでも既存の技術でもよいと記載)

そして、AIがしていないことがあります。特典を決めるのは、AIではありません。会話の時間を測り、決められた時間と比べて特典を選ぶ、ごく普通のプログラムです。

つまり、この特許の権利の中心は、AIの中ではなくAIの外側にあります。AIは「話し相手」という部品として置かれ、発明の工夫は、

  • AIに何を話題にさせるか(買った商品)
  • AIとのやりとりから何を測るか(会話の長さ)
  • 測った結果を何に使うか(特典の内容)

の組み立てにあります。AIの性能がどれだけ上がっても、また会話するAIが別の会社のものに替わっても、この組み立てを使う限り権利が及ぶ、強い形といえます。

明細書では、そのAIをどう説明しているのか

では、請求項の「対話エージェント」は、明細書(特許の説明書)でどう説明されているのでしょうか。拾い出すと、これだけです。

説明していること 明細書の記載(要旨) 段落
それは何か 「例えば」、買った商品の話題で対話するように学習された大規模言語モデル 段落0023
どこにあるか 端末にあってもよいし、サーバーにあってもよい 段落0037・0039
何を渡すか 利用者の購入履歴を参照させる 段落0038
何が返るか 利用者の発話と、AIの出力(対話情報) 段落0038
どう見せるか 画面のアバターとして表示し、声で話す 段落0023

AIの中身(モデルの構造、学習のさせ方、指示文の内容)は、どこにも書かれていません。背景技術の欄では、アバターが利用者と対話する装置は「すでに知られている」と書かれています。つまりこの明細書は、AIを既にある部品として扱い、「何か・どこにあるか・何を渡し、何が返るか」だけを書いています。それでも審査では、記載の不備(記載要件)の指摘は受けていません。指摘されたのは「ありふれた組み合わせではないか」という点だけでした。

もう一つ注目したいのは、「例えば」という書き方です。大規模言語モデルは例として挙げられているだけなので、請求項の「対話エージェント」が大規模言語モデルに限られるとは読みにくい書き方になっています。AIの技術は数年で入れ替わります。特定のAIに縛られない書き方は、権利を長く役立てるための工夫といえます。

審査の流れ:一度は「ありふれている」と言われた

時期 できごと
2025年2月 出願(早期審査を利用)
2025年5月 特許庁から「拒絶理由通知」。購入履歴をもとにクーポンを出す技術と、利用者と対話するAIの技術は、それぞれ以前からある。組み合わせれば簡単に思いつく、という理由
2025年6月 出願人が請求項を直して反論
2025年7月 特許になる(出願から約4か月半)

決め手は、請求項の一か所の修正でした。特典を「対話の長さ及び内容の少なくともいずれかに基づいて」決める、を、「対話の長さに基づいて」決める、に絞り、意見書で「恥ずかしくて会話が続かない人に、続ける動機を与える」という効果を主張しました。最初の審査で、請求項2以下(会話が長いほど特典を大きくする、AIが勧めた商品を優遇する、など)は「拒絶の理由を発見しない」とされていたことも、早く特許になった理由の一つと考えられます。

AIの特許を考えている方への気づき

  1. AIの中身ではなく、AIの「周り」を書く。AIに何をさせ、やりとりから何を取り出し、それを何に使うか。権利の中心はそこに置けます。明細書でも、AIは「何か(例示で)・どこにあるか・何を渡し、何が返るか」を書けば足りる場合があります。
  2. AIにやらせない部分が、権利の核になることがある。この特許では、特典を決めるのは普通のルールでした。AIの外側の工夫こそ、まねされにくい権利になります。
  3. 使い方のバリエーションを、明細書に厚く書いておく。キーワード、表情、珍しい感想、点数の合計など、この特許の明細書には特典の決め方がたくさん書かれていました。それが予備の請求項になり、審査での逃げ道になります。

まとめ

「AIとおしゃべりしたら特典がもらえる」というアイデアは、一見すると思いつきのようです。しかし特許として見ると、AIを部品として置き、その周りの組み立てで勝負するという、AI時代の特許の典型的な形になっています。自社のサービスのどこに工夫があるのか、AIの外側まで含めて見直してみると、特許にできる部分が見つかるかもしれません。

自社のAIサービスの特許についてのご相談は、お問い合わせフォームよりお寄せください。

富田国際特許事務所 弁理士 富田款

Author Profile

富田 款国際弁理士事務所 代表弁理士
■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。

【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団

【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など

【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。

【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」

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