「学習済みモデル」について特許申請する場合に留意すべき明確性要件

AI技術の「学習済みモデル」について特許申請する場合に留意すべき明確性要件

「学習済みモデル」は、AI技術の中でも特に複雑なものです。そのため、AI技術について特許出願する際には、新規性や進歩性だけでなく、明確性という要件も重要になります。明確性とは、発明の内容が「特許請求の範囲」に明確に記載されていることを意味します。しかし、「学習済みモデル」は、その性質上、どのように記載すれば明確になるのか判断が難しい場合があります。そこで、今回は、特許庁が公開したAIに関する特許出願の審査事例を参考に、「学習済みモデル」の特許申請における「明確性要件」について考えてみます。

下記は、特許庁が公表した「学習済みモデル」に関する請求項の事例です。

【請求項1】※明確性の拒絶理由に該当する事例。
・複写機において発生した異常に対して実施すべき作業の内容を推定する学習済みモデルであって、
・前記学習済みモデルのパラメータは、前記複写機において発生した異常の種類を示す異常コードと、前記異常の発生箇所を示す発生箇所情報と、前記複写機の保守管理者が前記異常に対して実施した作業の内容を表すラベル情報とを対応付けた学習データを用いて学習されたものであり、
・前記複写機において発生した異常の種類を示す異常コードと前記異常の発生箇所を示す発生箇所情報を入力として受け付け、前記入力された前記異常コード及び前記発生箇所情報に対して前記パラメータに基づいて異常に対して実施すべき作業の内容を推定する学習済みモデル。
【請求項2】※明確性の拒絶理由に該当する事例。
・複写機において発生した異常に対して実施すべき作業の内容を出力するよう、コンピュータを機能させる学習済みモデルであって、
・前記学習済みモデルのパラメータは、前記複写機において発生した異常の種類を示す異常コードと、前記異常の発生箇所を示す発生箇所情報と、前記複写機の保守管理者が前記異常に対して実施した作業の内容を表すラベル情報とを対応付けた学習データを用いて学習されたものであり、
・前記複写機において発生した異常の種類を示す異常コードと前記異常の発生箇所を示す発生箇所情報を入力として受け付ける受付手段と、前記入力された前記異常コード及び前記発生箇所情報に対して前記パラメータに基づく演算を行う演算手段と、前記異常に対して実施すべき作業の内容を出力する出力手段とを備えることを特徴とする学習済みモデル。
【請求項3】明確性の要件を満たす事例。
・複写機において発生した異常に対して実施すべき作業の内容を出力するための学習済みモデルであって、
・前記学習済みモデルのパラメータは、前記複写機において発生した異常の種類を示す異常コードと、前記異常の発生箇所を示す発生箇所情報と、前記複写機の保守管理者が前記異常に対して実施した作業の内容を表すラベル情報とを対応付けた学習データを用いて学習されたものであり、
・コンピュータを、
前記複写機において発生した異常の種類を示す異常コードと前記異常の発生箇所を示す発生箇所情報を入力として受け付け、前記入力された前記異常コード及び前記発生箇所情報に対して前記パラメータに基づく演算を行い、前記異常に対して実施すべき作業の内容を出力するよう、機能させることを特徴とする学習済みモデル。

特許の概要

この特許は、複写機の異常に対する対処方法を推定するための「学習済みモデル」に関するものです。この学習済みモデルは、過去の異常データを学習し、新たな異常に対して最適な対処方法を出力します。この学習済みモデルは、複写機に搭載されるコンピュータに記憶され、異常が発生したときに、その異常の種類と発生箇所を入力として受け付け、対処方法を出力します。この発明によれば、複写機のユーザーの利便性を向上させるとともに、保守管理者の負担を軽減するという効果が期待できます。

請求項1が明確性の拒絶理由に該当する理由

請求項1は、「コンピュータ」に関する記載が一切なく、また、コンピュータに対する指令である「プログラム」を意味するようにも書かれていないため、明確性の拒絶理由に該当します。つまり、請求項1の書き方では、この請求項が指す「学習済みモデル」が物の発明なのか、方法の発明なのかが明確ではありません。

請求項2が明確性の拒絶理由に該当する理由

請求項2は、一見するとプログラムのような書き方になっていますが、「コンピュータ」に関する記載が一切ないため、明確性の拒絶理由に該当します。また、「プログラム」はコンピュータを手段として機能させるものであり、「プログラム」そのものが「手段」として機能するものではありません。したがって、請求項2に書かれているように「プログラム」そのものが機能手段を備えていることはあり得ません。以上の理由から、請求項2の書き方では、発明を明確に把握することができません。

請求項3が明確性の要件を満たす理由

一方、請求項3は、「コンピュータ」に関する記載があり、また、コンピュータに対する指令である「プログラム」を意味するように書かれているため、明確性の要件を満たします。つまり、この請求項は、コンピュータが特定の機能(異常の種類と発生箇所を入力として受け付け、異常に対して実施すべき作業の内容を出力する)を実現するためのプログラム(学習済みモデル)を指しています。また、請求項2に書かれているような、「プログラム」そのものが機能手段を備えるような書き方になっていないので、その点の問題もありません。

まとめ

AI技術を特許出願する際は、請求項の書き方に注意が必要です。特に、「学習済みモデル」のようなAI技術を指す表現は、そのモデルが物の発明なのか、方法の発明なのか、また、それがプログラムを意味するのかどうかを明確にする必要があります。これにより、特許庁の審査官が請求項に係る発明を明確に把握でき、明確性要件を満たすことができます。この点を踏まえ、AI技術の特許出願に取り組む際には、請求項の書き方に十分注意する必要があります。

富田国際特許事務所 弁理士 富田款

 

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Author Profile

富田 款国際弁理士事務所 代表弁理士
■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。

【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団

【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など

【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。

【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」

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【代表者】弁理士 富田 款

 

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