「学習済みモデル」の明確性要件 ― AI特許の「明確でない」は書き方で起きる(登録特許50件の審査経過から)

結論

  • AIを使った発明では、記載要件(特許法36条)のうち「明確性」の指摘がとても多い。今回調べたAI関連の登録特許50件では、24件が明確性の拒絶理由を受けていました。
  • 指摘されているのは、AIの中身(アルゴリズム)ではありません。「誰が、AIに何を渡し、何を受け取り、それを何に使うか」が請求項から読み取れないことです。
  • 「学習済みモデル」の請求項も同じです。特許庁の事例では、「コンピュータ」との関係の書き方ひとつで、明確かどうかが分かれています。

1. 特許庁の事例:「学習済みモデル」の請求項3つ

特許庁は「AI関連技術に関する事例」(2024年3月版)の事例55で、複写機の異常に対して「実施すべき作業の内容」を出力する学習済みモデルを例に、3つの請求項を比べています。学習データ(異常コード・発生箇所・保守管理者が実施した作業)の部分は3つとも同じで、違いは「コンピュータ」との関係の書き方だけです。

書き方(要点) 特許庁の判断
請求項1 「…入力として受け付け、…作業の内容を推定する学習済みモデル」。コンピュータの記載がない 明確でない。物の発明(プログラム)か方法の発明かがわからない
請求項2 「…コンピュータを機能させる学習済みモデルであって、…受付手段と、…演算手段と、…出力手段とを備える」 明確でない。プログラムと理解されるが、プログラムそのものが「手段」を備えることはあり得ない
請求項3 「…コンピュータを、…入力として受け付け、…演算を行い、…作業の内容を出力するよう、機能させる…学習済みモデル」 明確。コンピュータを機能させるプログラムとして把握できる
事例55の請求項1〜3の違い:学習済みモデルとコンピュータの関係と、明確性の判断
図:事例55の請求項1〜3の違い(特許庁「AI関連技術に関する事例」2024年3月版 事例55をもとに作成。緑=AI)

ポイントは2つです。

  1. 末尾が「学習済みモデル」でも、それだけで不明確にはなりません。明細書等から「プログラム」であることが明確なら、プログラムとして扱われます(同資料の総論)。問題になるのは、請求項にコンピュータとの関係が一切なく、プログラムかどうかが判然としない場合です(請求項1)。
  2. 「コンピュータを、〜として機能させる」と書くのが基本の形です。プログラムに「〜手段を備える」と書くと、かえって不明確になります(請求項2)。

2. 登録特許50件の審査経過から

この事例は「学習済みモデル」という特殊な書き方の話に見えますが、実際の審査でも同じ構造の指摘が多く出ています。

私は、生成AIなどを使ってAIが人に代わって判断・生成・対話をする発明について、登録になった特許の審査経過を調べています。最初に確認した50件(早期審査を経て登録された特許)の結果は次のとおりです。

区分 件数
確認した登録特許 50件
36条(記載要件)の拒絶理由を受けたもの 24件(24件すべてが明確性。うち7件はサポート要件も)
「発明ではない」(29条1項柱書)の拒絶理由を受けたもの 5件(うち4件は明確性と同時)

※ 今回調べた範囲の数字です。登録になった特許だけを対象にしているので、拒絶のまま終わった出願は含まれていません。

3. 指摘の型

審査書類を読み込んだ事例から、指摘を型に分けると次のようになります。

型 どういう書き方が指摘されたか
向きが2通りに読める 「学習モデルを用いて、利用者の端末から質問の回答を取得し」。AIに質問するのか、AIで利用者に質問するのかがわからない
動詞だけで中身がない 「経営分析を行う」「評価のスコア」「チャットボット機能を用いて」
装置とAIの関係が不明 装置がチャットボットの機能を持つのか、外部のチャットボットを使うのかがわからない
主語がない(柱書にもなる) 方法の各ステップに実行する主体がなく、人が行う手順とも読める
前記・呼び名の不一致 前に出てこない語に「前記」を付けた、従属項で別の呼び名を使った

どれも、AIの「役割」が請求項から読み取れないという点で共通しています。「AI」や「学習済みモデル」という言葉そのものを不明確とした指摘は、今回調べた範囲では見当たりませんでした。

4. どう直したか

読み込んだ事例は、いずれも補正で解消して登録になっています。直し方は共通しています。

  • データの流れを1ステップずつ書く:「〇〇と、△△を指示する情報とを含むプロンプトを言語モデルに入力し、当該言語モデルにより生成された□□を受信する」のように、誰が何を渡し、何が返るかを書く。
  • 各ステップに主語を付ける:方法の請求項では「コンピュータが、」を付ける。審査官から「各ステップの文頭に『コンピュータが、』を追加することで解消」と示された例もあります。
  • 動詞に中身を添える:「分析する」「評価する」に、入力・基準・出力を添える。

注目したいのは、補正の根拠がすべて明細書にもともと書いてあった段落だったことです。データの流れを丁寧に書いた段落が明細書にあったから、指摘を受けても直せました。

5. 出願前のチェック

  • 方法の請求項の全ステップに、主語(「コンピュータが、」)があるか
  • AIに「何を、どんな指示とともに」入力し、「何を」受け取り、「何に使うか」が書いてあるか
  • 「AIを用いて〜を取得し」のように、受け渡しの向きが2通りに読める文がないか
  • 装置とAIの関係(装置が持つのか、外部のAIを使うのか)がわかるか
  • 「学習済みモデル」「プログラム」を請求項にするなら、「コンピュータを、〜として機能させる」の形か
  • 明細書に、データの流れを1ステップずつ書いた段落があるか

まとめ

AIを使った発明の「明確でない」という指摘は、AIの仕組みが難しいから起きるのではありません。AIをどう使うかという「役割」が書かれていないから起きます。請求項ではAIの役割を書き、明細書には補正の材料になる段落を最初から入れておく。これが、出願後に慌てないためのいちばんの備えです。

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富田国際特許事務所 弁理士 富田款

Author Profile

富田 款国際弁理士事務所 代表弁理士
■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。

【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団

【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など

【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。

【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」

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