「公序良俗を害する」との理由で拒絶査定を受けたが、これに対する不服審判において判断が覆り、特許になったケース。平成9年特許願第96379号「精液採取装置」拒絶査定に対する審判事件。
弁理士の富田です。
公序良俗違反による拒絶査定。
商標の場合では、それほど珍しくはないものの、
特許出願において、公序良俗違反を指摘されるのはレアケースです。
今回は、
審査で「公序良俗を害するおそれがある」との理由で、拒絶査定されたものの、
これを不服とする審判審判で、その判断が覆った事例(拒絶査定不服審判事件)について
紹介したいと思います。
【今回紹介する事例】
平成9年特許願第96379号「精液採取装置」拒絶査定に対する審判事件
【審決のポイント】
・本願明細書には、「公の秩序、善良の風俗を害するおそれがある」ような用途や転用可能性について、明示されていない。
・かりに、発明の転用の結果が秩序または風俗をみだすおそれが生ずることがありうるとしても、「その転用が社会生活上ないし良識上きわめて異常であって、一般的には該転用のおそれがまずない場合や、転用に反社会性を付与するにいたる具体的目的ないし事情が、発明本来の目的に対し、関連の希薄な場合であって、その発明自体としては反社会性を問題とするに足りないときには、前記発明は、秩序若しくは風俗を害するものに該当しないと解するのが相当」である(昭和36年(行ナ)第191号判決)、
・本願発明の「精子銀行や病院などの公共の場で」の使用を、自慰用具として使用する場合に想起される、プライベートな空間での使用に転用することは、「発明本来の目的に対し、関連の希薄な場合」であるから、本願発明の転用の可能性を考慮したとしても、公の秩序または善良な風俗を害するものとは認めることができない。
以下、審決の概要。
【種別】平成9年特許願第96379号「精液採取装置」拒絶査定に対する審判事件
【審判番号】不服2000-12825
【請求人】スティーブン・エイ・シュービン
【結 論】
原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。
【理 由】
1.手続の経緯・本願発明
本願は、平成9年4月1日の出願であって、その請求項1乃至13に係る発明は、平成11年8月18日付けの手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲1乃至13に記載されたとおりのものである。
2.拒絶査定の理由
これに対し、
原査定の拒絶の理由は、「本願発明は「精液採取装置」と記載されているものの、明細書【0011】、【0021】の記載にもみられるように、自慰用具としても用いられるものと認められるが、自慰用具自体は、社会通念上、わいせつ感を与えるおそれのあるものとして認識されているから、公の秩序、善良の風俗を害するおそれがあるものであり、したがって、本願発明は、公の秩序、善良の風俗を害するおそれがある発明といわざるを得ない。」とし、さらに該査定の備考において、「本願発明は「精液採取装置」と記載されているものの、例えば、【0021】に記載の、「…挿入体の先端は女性の膣口に似せてある。或いは、その他の人体の開口部に似せてもよく、単純な穴にすることもある。製品の使用目的の応じて、先端27は、主として、膣や肛門、或いは口唇に似せて作られる。…」の記載にもみられるように、自慰用具としても用いられるものと認められるが、自慰用具自体は、社会通念上、わいせつ感を与えるおそれのあるものとして認識されているから、公の秩序、善良の風俗を害するおそれがあるものであり、したがって、本願発明は、公の秩序、善良の風俗を害するおそれがある発明といわざるを得ない。」とするものである。
3.判断
審査官が本願発明が自慰用具として用いられる根拠として挙げている明細書【0011】欄及び【0021】欄には、
「本発明に使用するエラストマーのゲルは、次に挙げるような特性のものでなくてはならない。すなわち、女性器の内部の感触を再現するために柔らかく柔軟でなければならない。そのためには、或る程度オイルを注入して適度の摩擦を起こすような潤滑を施すことが必要であり、同時に、ゲルの弾力感を維持し、永久に形を損なわないようにすることが必要である。ゲルは、人間の体の感触もなければならない。安定していて、何度洗浄しても質が悪化しないようなものでなくてはならない。」(【0011】欄)
「図4に示されているように、挿入体の先端は女性の膣口に似せてある。或いは、その他の人体の開口部に似せてもよく、単純な穴にすることもある。製品の使用目的に応じて、先端27は、主として、膣や肛門、或いは口唇に似せて作られる。使用目的に応じて、外観をどれだけ本物に近付けるかを決める。医学的な目的で使用するのであれば、ごく簡単な円形の先端の中央に穴を開ければよい。その他のことに使用するのなら、人体のその部分の構造をより精密に作ることになるであろう。」(【0021】欄)
との記載があるものの、「自慰用具」として用いる点及び転用可能性について明示されていない。一方、本願発明明細書の他の記載、例えば、
「本発明の目的は、精子銀行や病院などの公共の場で男性が使用できるような装置を提供することである。このような場所では、プライバシーだけを考えればよいというものではない。もう1つの目的は、外見上は何の変哲もなく、かつ精液が採取しやすい装置を提供することである。本発明のまた別の目的は、人体の開口部の挿入受け入れ特性を真似た開口として使用可能なエラストマーを提供することである。その他の目的は、以下に述べられるであろう。」(明細書【0007】欄)、
「使用前は、装置は人目につかないような場所に保管しておかれる。しかし、よく見かけるような形をしているため、家庭や医療施設でも子供や他人の好奇心をかきたてるようなことは殆どない。装置の使用法は簡単である。外見は何の変哲もなく持ち運び可能なこの装置を使って自分の精液を周囲に知られることなく採取したいと思う男性は、ただこの装置を使おうとする場所、例えば、医療施設の個室や確実にプライバシーが守られると思う場所に持っていけばよい。先端27の大きなレンズの蓋を外し、挿入体25の先端27を出す。男性がこの装置を一度使うと、挿入体25を懐中電灯11の中央の通路33から取り外して、さらなる精液採取に使用することができる。そして、洗浄の準備も整う。」(明細書【0027】欄)、
等の記載からみれば、本願発明の主な目的は「精子銀行や病院などの公共の場で男性が使用できるような装置を提供すること」にあるものと認められる。かりに、発明の転用の結果が秩序または風俗をみだすおそれが生ずることがありうるとしても、「その転用が社会生活上ないし良識上きわめて異常であって、一般的には該転用のおそれがまずない場合や、転用に反社会性を付与するにいたる具体的目的ないし事情が、発明本来の目的に対し、関連の希薄な場合であって、その発明自体としては反社会性を問題とするに足りないときには、前記発明は、秩序若しくは風俗を害するものに該当しないと解するのが相当」であるところ(昭和36年(行ナ)第191号判決)、
本願発明の「精子銀行や病院などの公共の場で」の使用を、自慰用具として使用する場合に想起される、プライベートな空間での使用に転用することは、「発明本来の目的に対し、関連の希薄な場合」であるから、本願発明の転用の可能性を考慮したとしても、公の秩序または善良な風俗を害するものとは認めることができない。
したがって、請求項1乃至13に係る本願発明は、公の秩序、善良の風俗を害するおそれがある発明とすることができない。
4.むすび
以上、本願については、原査定の拒絶理由を検討してもその理由によって拒絶すべきものとすることができない。また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。よって、結論のとおり審決する。
本日もお読みいただいて有難うございました。
Author Profile
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■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。
【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団
【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など
【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。
【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」
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