もと従業員であった者が、会社を退職した後、その会社の商標(商品名や店舗名など)について勝手に商標登録していた場合…
弁理士の富田です。
もと従業員であった者が、
会社を退職した後、
その会社の商標(商品名や店舗名など)を無断で商標登録していた。
最近では、こういったトラブルに巻き込まれる企業も少なくありません。
ところが、
こういった元従業員による悪意の商標登録について、
商標法ではその取扱いを明確に規定していないので、
このようなトラブルに巻き込まれた場合、その解決に苦慮することになります。
そこで、
今回は、もと従業員であった者による悪意の商標登録を、
公序良俗を害するおそれがある商標であるとして、
登録を取り消した事例(商標登録異議申立て)を紹介したいと思います。
【今回紹介する事例】
商標登録異議申立て 異議2003-90252
【異議の決定のポイント】
・もと従業員(商標権者)によって登録された商標が、会社の商標に類似するものであって、その指定商品・役務も互いに同一又は類似し、あるいは極めて関連の深いものということができる。
・もと従業員(商標権者)が、過去に、異議申立人(会社)の従業員であったことを示す証拠(例えば退職届)がある。
・もと従業員(商標権者)が、異議申立人(会社)の社員として、会社の商標を使用した業務に関与していた。
このような場合、商標権者による商標の採択及び使用の意図は、「会社の商標」と偶然に一致したものとは認め難く、異議申立人(会社)が「会社の商標」を使用している事実を、その社員として知っていて本件商標の登録出願をしたものといわざるを得ない。
してみれば、本件商標に関する商標登録出願行為、及び、本件商標を使用する行為は、公正な商取引の秩序を混乱させ、ひいては社会公共の利益及び公の秩序に反する。
以下、異議の決定の全文。
【異議申立番号】異議2003-90252
【異議申立日】平成15年5月6日【事件の表示】
登録第4643044号商標の商標登録に対する登録異議の申立てについて、次のとおり決定する。
【結 論】
登録第4643044号商標の商標登録を取り消す。
【理 由】
第1 本件商標
本件登録第4643044号商標は、商標(以下「本件商標」という。)の構成を「いんふぃっと」の文字(標準文字による)とし、平成13年12月19日に登録出願、第6類「金属製建具」及び第37類「建具工事」を指定商品及び指定役務として、平成15年2月7日に設定登録されたものである。
第2 申立人の主張する取消理由
登録異議申立人(以下「申立人」という。)は、「インフィット工法」の文字よりなる商標(以下「引用商標」という。)を引用して、本件商標は商標法4条1項7号に該当し、その登録は取り消されるべきものであると主張している。
第3 本件商標に対する取消理由
当合議体は、申立人の取消理由について審理した結果、商標権者に対して以下の内容の取消理由を通知した。
1 申立人の提出に係る甲各号証によれば、以下の事実が認められ、あるいは指摘することができる。
(1)甲第2号証によれば、申立人は、役務「玄関ドアの工事」について、引用商標を使用した宣伝を行っていること。この甲第2号証は、同第19号証が平成13年9月19日付の請求書であることから、平成13年9月には配布されたと推認できるものである。
(2)甲第6号証及び同第7号証によれば、商標権者は、平成12年6月8日から同13年5月24日までの間、申立人の取締役(平成13年5月24日以前において「開発設計部長」に就任していた。)であったことが認められる。
(3)甲第16号証ないし甲第18号証によれば、申立人は平成10年9月頃から引用商標の使用を予定し、遅くとも平成12年9月には引用商標を実際に使用し、同年12月には、商標権者も申立人の社員として、引用商標を使用した役務「玄関ドアの工事」に関与していたこと。
2 しかるところ、本件商標は、引用商標に類似するものであって、その指定商品・役務も互いに同一又は類似し、あるいは極めて関連の深いものということができる。
そうとすると、商標権者による本件商標の採択及び使用の意図は、引用商標の存在と偶然に一致したものとは認め難く、申立人が引用商標を使用している事実を、その社員として知っていて本件商標の登録出願をしたものといわざるを得ない。
してみれば、申立人による、本件商標に関する商標登録出願行為、及び、本件商標を使用する行為は、公正な商取引の秩序を混乱させ、ひいては社会公共の利益及び公の秩序に反するものといわなければならない。
したがって、本件商標は、商標法4条1項7号に違反して登録されたものというべきである。
第4 商標権者の意見
商標権者は、上記「第3」の取消理由通知に対して、本件商標は商標法4条1項7号に違反して登録されたものではないと意見を述べ、その理由を概要以下のように主張して、証拠資料1ないし同8を提出した。
1 取締役並びに社員としての認識について
申立人は、商標権者が平成12年6月8日から同13年5月24日までの間、申立人の委任取締役として事業に携わってきた事実を、取締役であり且つ社員であったと誤解している。
商標権者は、申立人の前身である、アイ・エス建材株式会社との委任関係による取締役であり、協力して事業を行うことを約し委任取締役を受けたのであり、所謂社員ではなく個人としての協力者である。
本件商標の取消の申立ては申立人の一方的な意見である。
2 「インフィット工法」の仮契約並びに実労対価の支払い
申立人会社の(故)社長は故意に、商標権者とのライセンス契約(証拠資料3)を破り、対価の支払いを無視し続けた。そのため商標権者は、証拠資料1及び証拠資料2を作成し、宛先人に送付した事実から、本件商標は、商標権者独自の表現である事と、実労対価の支払いは、証拠資料4の内容の実績を請求し支払いを受けていたことにより社員でなかったことが証明できる。
3 本件商標の名称について
(1)本件商標は、商標権者が考案した、他の工法と区別するネーミングである。証拠資料5の商標権者所持のメモ手帳、平成11年7月29日付の欄に「インフィット」の文字が認められる。
(2)証拠資料6では、引当金、通常実施料として、商標を含めた特許使用料を商標権者に支払う試算が記載されており、本件商標が商標権者に属することが証明できる。
4 申立人の行為
申立人は、別件の特許出願並びに本件商標に関する、商標権者の再三にわたる忠告を無視し続け、商標権者の名誉を毀損し、営業妨害を行っている事実が証明できる(証拠資料7)。
第5 当審の判断
前記「第3」の、当審による取消理由通知に対する、商標権者の前記「第4」の意見について、以下検討、判断する。
1 「取締役並びに社員としての認識について」との主張について
商標権者は、申立人の社員ではなく、個人としての協力者である旨意見を述べている。しかしながら、申立人が提出した甲第6号証の申立人の登記簿謄本によれば、商標権者は、平成12年6月8日から同13年5月24日までの間、申立人の取締役であったことが認められ、かつ、甲第7号証の取締役の「辞退届」は、商標権者が申立人の代表者宛に提出しているものである。
すなわち、甲第7号証によれば、商標権者は、取締役としての自己の役職を辞する申し出の相手方を申立人代表者としているのであるから、商標権者が申立人の支配に属しない対等な、あるいは独立した個人としての立場にあったということはできず、「商標権者は申立人社員でなく個人としての協力者である」との、商標権者の主張は採用することができない。
2 「『インフィット工法』の仮契約並びに実労対価の支払い」との主張について
この主張の根拠として提出されている証拠資料1及び同2は、商標権者の意思ないしは意見を名宛人に提出したことが推認できるが、この間の事情を推認させるにとどまるものである。
また、証拠資料3は、「仮契約書(案)」とあるだけで、日付の記入がなく、捺印がされていないから、契約の成立を証するものと認めることができない。
証拠資料4は、本件に関するメモ書きであり、商標権者の主張を立証する証拠と認めることができない。
したがって、商標権者が、申立人から何らかの対価の支払いを受けていたとしても、提出された上記の証拠資料によっては、本件商標が商標権者に属し、また、商標権者が申立人の社員ではなかったとの、商標権者の主張を認めることができない。
3 「本件商標は、商標権者が考案したものであり商標権者に属する」との主張について
(1)申立人が提出した、甲第16号証によれば、「インフィット工法」の語は、平成10年9月28日の時点で、申立人により使用されていたといえるところ、商標権者が提出した証拠資料5のメモは、平成11年7月のものであるから、この証拠資料をもって、本件商標(あるいは「インフィット工法」の語)を商標権者が考案(採択)したと認めることはできない。
(2)証拠資料6には、これが「商標を含めた特許使用料を商標権者に支払う試算」であることを示す記載はない。したがって、本件商標(あるいは「インフィット工法」の語)は商標権者が採択したとの商標権者の主張は採用することはできない。
(3)なお、本件商標は「いんふぃっと工法」の文字よりなるものであって、この語を商標権者が採択したものとしても、これが、先の取消理由通知の内容を覆すに足りる理由とは認められない。
4 「申立人の行為」との主張について
証拠資料7は、申立人が、その事業に関して商標権者の行為について件外会社に宛てた書面であるが、この申立人の行為が、「商標権者の名誉を毀損し、営業妨害を行っている」ことを証左していると、客観的に認定することはできない。
5 以上、前記「第4」の商標権者の意見は、主張にとどまるものであって、それを裏付ける証拠が存するとは認められないから、これを採用することができない。
してみれば、前記「第3」の本件商標の取消理由は妥当なものであって、本件商標の登録は、商標法4条1項7号に違反してなされたものであるから、商標法43条の3第2項により取り消すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
本日もお読みいただいて有難うございました。
Author Profile
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■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。
【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団
【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など
【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。
【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」
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