AI関連技術における特許取得の進歩性判断基準についての考察
特許庁が公表したAI関連技術における「大規模言語モデルに入力するためのプロンプト用文章生成方法」の事例は、AI技術の特許取得における進歩性の判断基準を理解する上で非常に示唆に富んでいます。本ブログでは、この審査事例を深堀りし、進歩性の判断におけるポイントを解説します。また、特許戦略を立てる上での考察も加えます。
下記は、特許庁が公表した「大規模言語モデルに入力するためのプロンプト用文章生成方法」の請求項となります。
※ 請求項1と請求項2は下線部において相違します。
・入力された質問文に対して参考情報を付加することにより、大規模言語モデルに入力するためのプロンプトをコンピュータが生成するプロンプト用文章生成方法であって、
・前記大規模言語モデルは入力できるプロンプトの文字数の上限である制限文字数が設定されており、質問文を含むプロンプトを入力すると、前記質問文に関する回答文を出力する大規模言語モデルであり、
・前記コンピュータが、
・前記入力された質問文をもとに、当該質問文の文字数と合わせた合計文字数が前記制限文字数以下の文字数となるように、前記質問文に関連した付加文章を生成する付加文章生成ステップと、
・前記入力された質問文に対し、前記付加文章生成ステップにより生成された前記付加文章を前記参考情報として追加することによって前記プロンプトを生成するプロンプト生成ステップと、
・を実行することを特徴とするプロンプト用文章生成方法。
・入力された質問文に対して参考情報を付加することにより、大規模言語モデルに入力するためのプロンプトをコンピュータが生成するプロンプト用文章生成方法であって、
・前記大規模言語モデルは入力できるプロンプトの文字数の上限である制限文字数が設定されており、質問文を含むプロンプトを入力すると、前記質問文に関する回答文を出力する大規模言語モデルであり、
・前記コンピュータが、
・前記入力された質問文をもとに、当該質問文の文字数と合わせた合計文字数が前記制限文字数以下の文字数となるように、前記質問文に関連した付加文章を生成する付加文章生成ステップと、
・前記入力された質問文をもとに、当該質問文に関連した関連文章を複数取得し、取得された複数の前記関連文章から、前記参考情報として適した複数のキーワードを抽出し、前記複数のキーワードを使用して、前記合計文字数が前記制限文字数を超えない前記付加文章を生成するプロンプト生成ステップと、
・を実行することを特徴とするプロンプト用文章生成方法。
請求項1について想定される特許庁の進歩性判断(進歩性否定)
【従来技術】
コンピュータによりプロンプト用の文章を生成する際に、
・入力された質問文をもとに、当該質問文に関連した「付加文章」を生成することや、
・入力された質問文に対し、このような「付加文章」を参考情報として追加することは、
過去のいずれかの文献において記載または示唆されていたものと考えられます。
【自明な課題と周知技術】
言語処理の技術分野において、情報処理量が過大にならないようにすることは、当業者が通常考慮する自明な課題であったと考えられます。
また、その解決方法として、入力できる文章の上限である制限文字数を設定し、文章が当該制限文字数以上となる場合に、当該制限文字数以上となる部分を破棄することで、実際に入力される文章を制限文字数以下の文字数となるように作成することは出願時における周知技術であったと考えられます。
【進歩性否定の考え方】
そうすると、上記従来技術に上記周知技術を適用して、請求項1の如く実行処理させることは、当業者であれば容易に想到することができたことである(すなわち進歩性が無い)、との結論に至るものと考えられます。
請求項2について想定される特許庁の進歩性判断(進歩性肯定)
【請求項2と従来技術の違い】
請求項2の付加文章生成ステップは、入力された質問文をもとに、当該質問文に関連した関連文章を複数取得し、取得された複数の関連文章から、参考情報として適した複数のキーワードを抽出し、複数のキーワードを使用して、合計文字数が制限文字数を超えない付加文章を生成しています。
この特徴を開示した従来技術は無いと考えられます。
【進歩性肯定の考え方】
そして、請求項2は、所定の制限文字数内で、質問文と関連性が高く参考情報として適した付加文章を付加することができ、より信頼性が高く適切な回答文を得るという引用発明1に比して有利な効果を奏するものであり、設計変更ということはできない。したがって、請求項2に係る発明は進歩性を有する、との結論に至るものと考えられます。
分析と展望
この審査事例の分析から、AI関連技術の特許申請において、従来技術に対する明確な技術的進歩と独自性が重要であることが明らかになります。請求項1では、進歩性が否定された理由は、その提案が従来技術や既知の解決策を組み合わせたもの(すなわち単なる寄せ集め)であったためです。これに対し、請求項2では、質問文に関連したキーワードを抽出し、それを基に付加文章を生成するという独自のアプローチが進歩性の認定につながりました。これは、単に既存の技術を応用するのではなく、新たな問題解決方法を提示することが、特許取得の鍵であることを示唆しています。
今後の展望として、AI技術の急速な発展は、特許申請における進歩性の判断をより複雑にしています。特に、大規模言語モデルのような高度なAI技術においては、その技術的貢献や独自性を明確に示すことが不可欠です。このため、出願人は、その発明が従来技術に対してどのような新規性や進歩性を持つのかを、より明確に、そして詳細に説明する必要があります。
結論
この特許庁の審査事例は、AI関連特許の申請と審査過程における重要な教訓を提供します。特に、大規模言語モデルのような複雑な技術領域では、発明の技術的進歩性を証明することが成功の鍵です。請求項2が進歩性を認められた理由は、従来技術にはない独自の問題解決手段を提案したからです。これは、AI技術の特許を目指す出願人にとって、単に既知の技術を組み合わせるのではなく、実質的な技術的進歩を提供することの重要性を強調しています。
最終的に、この事例は、AI関連の発明における特許戦略を考える際の貴重な指針を提供します。技術的進歩の明確な証明は、特許審査過程における課題を克服し、AI技術の革新を保護するための特許を確保する上で不可欠です。今後も、AI技術の進化に伴い、特許申請のアプローチを進化させ、技術的進歩の証明に焦点を当てることが、成功への鍵となるでしょう。
本日もお読みいただき有難うございました。
Author Profile
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■ 1997年より国際弁理士事務所にて、主に、米国・欧州・日本における知的財産権業務に従事。
■ 国内および外国のオフィシャル・アクションへの対応、外国法律事務所へのインストラクションなどを担当。また、米国やドイツのクライアントからの日本向け特許出願の権利化業務を担当。特許の権利化業務のほか、特許権侵害訴訟や特許無効審判、特許異議申立、口頭審理対応、侵害鑑定の業務も担当。訴訟業務では、特許権侵害訴訟のほか、特許無効審判の審決取り消し訴訟を経験。
【所属団体】 日本弁理士会,日弁連 法務研究財団
【専門分野】 特許、商標、意匠、不正競争防止法、侵害訴訟など
【技術分野】 機械、制御、IoT関連、メカトロニクス、金属材料、金属加工、建築土木技術、コンピュータ、ソフトウェア、プラント、歯科医療機器、インプラント、プロダクトデザイン、ビジネスモデル特許など。
【その他の活動】
■ 2013.09.17 セミナー講師: 東京メトロポリタン・ビジネス倶楽部 「職務発明の取り扱い」
■ 2014.04.19 テレビ出演: テレビ朝日 「みんなの疑問 ニュースなぜ太郎」
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